熊手のお返しの時期になりました♪

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こんにちは♪

そろそろ酉の市の季節がやってまいりました。

 

今年の福袋でお届けの熊手は、
そのままお持ちいただいても大丈夫なのだそうですが

お返しになられたい方は、お近くの稲荷系ではない神社へお返し頂いたり
(京都伏見稲荷はウカノミタマノカミがおられますので大丈夫です)
どんど焼きなどに、出していただいても結構でございますが
大きくて運びにくかったり、お返しする方法がわからない場合には
当店へ送っていただけましたら幸いです。

その場合、10月25日までに、
こちらの方までお送りくださいm(__)m

 

〒370-3502
群馬県北群馬郡榛東村山子田南野2546-30

セラピーストーン 熊手返送係

 

大きなものは送料がかかってしまうと思いますので
着払いで結構でございますので
お送りをいただけましたら幸いでございます。

 

 

それから、今日はお客様のご質問にも
お答えをさせていただきたいと思いますm(__)m

 

 

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最初、このことを当店の狐に聞いたのですが
狐たちはあまり知らないようで
龍に聞いて欲しいということでした。

 

そのため、龍に聞いてみました。

 

 

AdobeStock 285824857 - 天珠の中の龍神のお話

 

 

「お伺いしたいのですが
上目黒氷川神社というのはどういう由来ですか?」

 

『上目黒氷川神社。約600年近く前からあった。

だが、それよりも100年前から
あの辺りには稲荷神社があった。

しかし、ウカノミタマノカミに
分祠してもらったわけではなく
土地の人間が信仰したのだ。

中に稲荷があるが、ウカノミタマノカミからは
もらっていない。故に、狐は知らぬのだろう。

その稲荷神社のあとに
今の神社をつくった。

 

時代がくだり、富士山信仰が流行り出した。
目黒村あたりはもともと小高く、
あの辺に富士塚という山をつくって
祠をほって信仰していた。

その後、その近くにあった
浅間神社を合祀して
その後に周りの小さい神社や
もう一つ大きな神社があって合祀した。
土地の人々は、きたの神社と呼んでいた。

3つの神社になっている。

雰囲気は、もともと村人が信仰していたから、とても良い。
目黒村、渋谷村周辺の人々が氏神として、とても信仰しておった。

すがわらのみちざねも学問の神として祭るようにした。

信仰心が強い神社なので、須佐之男命が
より力を強くしてあげようという気持ちがある。

今は、武田家の家臣であった
かとううじざねが神となり、あそこを守っておる。
加藤家がそこをつくったのだ』

 

 

というお話でした。

現代は心の拠り所がなく
何かを信じることで人は強くなれたりします。

そして何かが見ていると思うと
大幅に道をそれることはないと言えます。

 

 

 

 

 

 

 

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